絆創膏  



 教室で真面目に授業を受けていたら、不意に窓の外のグラウンドから体育をやっているのだろう賑やかな声が耳についた。
さっさと解いてしまった数式から目を外し窓の向こうを見遣ると、見知った姿を見つける。
特別目が良い訳でも彼が目立つ訳でも無いのに目についてしまう辺り、自覚はし ていたが重症かも知れない。
 授業の内容は400m走なのだろう。
校庭に書かれたトラックを走るクラスメートを、怠そうに見遣っている横顔を観察する。
超能力者と言う括りになってはいるが、テレパシー等が使える訳じゃ無い。
だからこうして見つめていても距離がある分気付かないだろう。
 自分の番までクラスメートと談笑して。
走る番になって真剣な顔になって。
走り出して。
あ。
こけた。
大丈夫だろうか。
立ち上がった。
ゴールまで律義に走って。
あ、肘、擦りむいたのかな。
絆創膏、持ってた気が…あ、でも今授業−

「−古泉。古泉!」
「え、あ、はい?」
「はい、じゃないだろう。此処を解いて貰いたいんだが。…なんだ?窓の外に好 きな女子でもいたか?」
「−すいません」

 いつの間にか数学教師がこちらを見て呆れた顔をしていた。
どうやら指名されたのにも気付かない程熱中していたらしい。
いつもの自分には考えられない失敗だ。
苦笑して謝りながら黒板まで答えを書きに行く。
式自体は難しく無くて簡単に正解した事で失敗は帳消しにされたらしく、その後は特に咎めも無く授業が終わった。

「さて…」

 次は移動教室の為に教科書等を片手に廊下を歩く。
すると丁度戻って来たらしい彼と角でばったり出会った。
僕は丁度良いとポケットから絆創膏を取り出しにこりと笑いながら差し出す。
すると彼は最高に嫌な顔をして溜息を吐き出した。

「何で皆して見てるかな…」
「おや、もしかして」
「お前で四人目だ」

 彼は擦りむいた肘を僕の目の前に翳して見せてくる。
そこには既に三枚の絆創膏が貼られていた。

「ハルヒから始まり、長門に続き、朝比奈さんにまで………んで、お前だよ」
「ふふ。愛されてますねぇ」
「一枚で十分だっつの」

 そう言いながらも剥がさないのが彼の良いところだなと思っていると、絆創膏をポケットにしまいながら不意に目の前の顔が不敵に笑った。

「それよりお前、なんか怒られてたろ」
「え?」
「窓から見えたぜ」

 鬼の首をとった様ににやにやする彼に僕は笑い返した。

「−僕、やっぱりエスパーかも知れません」
「はぁ?」
「貴方もこちらを見ないかな、と思ってよそ見してたもので」
「……あ、そ」

 余計な事を言ってしまったとありあり顔に出しながら、しかしその頬がほんの少しだけ緩んでいた。
たったそれだけで、こんなにも嬉しいなんて。

「にやにやしてないでさっさと移動行けよ」
「はい。では」
「おう。また後でな」
「−はい」

 何気ない言葉。
でも確かな共通点を指し示す言葉。
絶望ばかり覚えた胸に、宿る温かい気持ち。

「此処にいれる事に…感謝、かな」

 こうして積み重なって来た自分だからこそ、今、此処にいる。
それを良しとする日が来る何て思わなかったのだけど。

「やっぱり…好きだなぁ」

 口に出したら胸が温かくなった。
彼を思うと、いつもそうだ。
早く放課後にならないだろうかと、その後はそんな事ばかり思って過ごしていた 。



「あれ?」

 待ち望んだ放課後。
部室の扉の前でばったり会った彼の腕に目が止まる。
最初は何が引っ掛かるのか解らず首を傾げたが、間を置いて気付いて、笑ってし まった。

「…なんだよ」
「いいえ。何でも」

 本当に、愛しい人だ。
何だかんだ言いつつ人が良いと言うか何と言うか。
僕は部室に入って行く背を追いながら、もう一度彼の肘を見遣った。
そこには、絆創膏が四枚貼られていた。