同居物語-初めての夜-



 さて、卒業した後、入学式までの間に俺は新生活を心地よく新しい自分で向かえる為の準備をしていた。
まずは家の片付けだ。
無論引越しの為である。
途中、親や妹やシャミセンや妹や、やっぱり妹の妨害工作を一箱詰める毎に受けていた俺だが、程なくして無事に荷造りを完了した。
後は引越し屋を呼べばあら不思議、俺の生活空間はあっちゅう間に新居地に移っちまうって訳だ。



 業者が取りに来てさほど多くない俺の荷物は運ばれていった。
そのトラックの背を何故か小牛が乗せられて連れて行かれてしまう物悲しい歌を思い出しながら見送っていると、まるでタイミングを見計らっていたかの様にポケットに突っ込んでいた携帯がけたたましく己の存在を知らしめる。
ディスプレイに映し出されたのは見慣れた、そしてこれから慣れ続けて行くのだろう名前で、瞬時にいつもの大安売りなハンサムスマイルが思い浮かんだ。
電話を待っていたと思われるのも癪なので、わざと少し間を置いてから出ると、古泉は何時の間にか本物の超能力を手に入れてたのか、

「何で出るのを躊躇ったんです?」
「…何でわかんだよ」
「−後ろをご覧下さい」

 何の事は無い。
憎らしい程の爽やかな男は直ぐそこでマネキンの様に立って手を振っていた。
俺の驚きを返せ。
何かが減る。

「まあまあ、可愛らしい悪戯心ですよ」

 ほー可愛らしい要素が何処から何処ら辺にあるのかお得意の解説をご披露して貰いたいね。
俺は目の前に来た古泉にわざと大きなリアクションで通話を切り携帯をしまうのを見せてから、で、とちょっとばかり高い位置にある瞳を見上げる。
古泉は相変わらずにこにこしながら、俺の手をとって徐に前進し始めるものだから、俺は眉間にしわを寄せながらもう一度なんちゃって超能力者に問う羽目になった。

「おい、こら、何の用だ」
「おや、昨日寝る前の事を覚えてらっしゃらないのですか?」

 昨日だぁ?
寝る前、最後の大詰めを向かえておおわらわになりつつも睡魔に誘惑されてベッドにダイブした筈だ。
あれ、そういや寝る前にメールが入ってたな。
眠い目こすりながら見たその内容は確か、

「食器なんかの細々したものを二人で買いに行きましょうとメールした筈ですが」
「あーそうか」

 思い出す前に古泉が述べ、漸く事態が飲み込めた俺は繋がれたままだった手をやんわーり解きながら並んで歩き出す。
荷物を片付けた事への達成感ですっかり忘れてはいたが、大型のものはともかく食器何かの諸々は今日の内に買っておいてもなんら損は無いだろう。
 −しかし。
爽やかな春の訪れを感じさせるような暖かな午後の昼下がりに、忙しそうに過ぎる人並みの中をゆったりと歩くのがこいつとだと言うのは何とも言えん。
更に言うなら二人で生活用品の買出し、お揃いのティーカップなんかを選びに行くのかと思うとそれじゃあまるきり、ほら、あれだ。

「同棲したての恋人、ですねぇ」

 俺が言いよどんだ事をあっさりと言いやがって。
憎らしい。

「とは言っても、実際そうでしょう?何らかの比喩に例える必要は無いかと思われますが」

 そうなのだ。
在学中にすったもんだがあってどうにかこうにかなってしまって、誰の陰謀か俺はこの胡散臭い組織に属する地域限定超能力者の恋人になってしまったのだ。
いやいやいや、何も言ってくれるなと誰かに言いたい。
俺の人生におけるエキセントリックなパートはそこまで突き抜けてしまったのさ。
最早自分の人生を平凡だ何てどう控えめにしても日本人の奥ゆかしさを余す事無く発揮しても、言えないだろうね。
でも、まあ、それなりに現状に満足してるのも一応記しておこう。
そうじゃなきゃ、古泉に申し訳無いし、な。

「まあ良い。何処の店に行くか、どうせ決まってんだろ?行くぞ」
「はい」

 くそ、眩しいスマイルを向けやがって。
そんな嬉しそうな顔されたら道端の羽募金に三桁ぐらいは入れても良いかなと思うぐらいには優しい気持ちになっちまうじゃねーか。
俺は仕方なく古泉の手首を掴んで歩き出したのだった。


−−−−−…


「それでは、これからの二人に」
「………乾杯」

 古泉の音頭に多少引っかかりを覚えたが折角のスタートなので黙認して缶ビールの側面を突き出してやる。
今日は無礼講だ。
俺らの歳を再確認するのも遠慮して頂きたいね。
 夕方までに買い物を済ませた俺たちは結構な荷物になった戦利品を一度この部屋に置いてから、近くの店を探索しつつ晩御飯の買出しに向かった。
まあこれからの生活は慎ましやかにするとして、初日ぐらいは入居祝いをしようとご飯やビールやらつまみなんぞを買い込んで、今に至る。
 古泉は一口目で半分ほどを飲み干し、不意に小さく笑い声をもらした。
俺はもう酔ったのかと首を傾げたが、全然いつも通りな瞳がこっちを見て少々面食らう。

「何だよ」
「いえ。まだどこかSOS団の合宿みたいな感じがしますが、これが当たり前の日常になって行くのかと思うと何だか感慨深いな、と」
「これ?」
「…貴方が当たり前に僕の目の前で生活していると言う風景ですよ」
「………」

 そう言う事をいちいち大切な、特別な事の様に言われると果てしなく困る。
しかもさらりと、戸惑い無く言ってのける事が出来るのは、お前のキャラなのか?
それとも元々の性分なのか?
 俺は一度俯いてから顔を上げる勢いのまま手に持っていた缶ビールを一気に煽り飲み干し、アルコールが体内を駆けるの感じながら古泉を見遣った。
大きく息を吸う。

「これから宜しくなっ」

 にこやかに笑い返してくる古泉。
お前がいつか当たり前を当たり前だと感じれる様になれば良いと、思う。
俺がそうしてやれるなら、いくらでも手を貸してやるからさ。
だから、お前は笑ってりゃ良い。
いつもみたいにさ。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 それが俺たちが生活を共にする、初めての夜だった。